タワー49は、建築と開発に2500万ドル以上かりましたが、周辺の相場をかなり上回る賃貸料で全フロアー入居者が決まりました。
総工費7000万ドル弱のアスター・テラスも、290室中、約9割が売約済みでした。
しかし、そのあとに試練のときがきました。
マンハッタンの一等地、5番街56丁目に建つ由緒ある2つのビルを買収したときのことでした。
1平方フィートあたり4000ドルという破格の値段で買収交渉を終えたところで、降って湧いたように2つのビルが歴史的建造物に指定されてしまったのです、
この指定は、取り壊しができないことを意味します。
「ソロモンも終わりだ」と地元マスコミは騒ぎたてました。
ふつうならここで身の振り方を考えるとろです。
しかしそこは成功者。
「負ける気がしなかった。障害があるなら、どこまでも戦う覚悟だった」とソロモンは言ったそうです。
それからさらに5年、いよいよソロモンが不動産業界の「大リーグ」に打って出る日がきました。
それまでの取引でかなりの資金を貯めてはいましたが、今度は5番街の繁華街に摩天楼を建てるのです。
もちろん手持ち資金では足りません。
そこでソロモンは大手銀行ファースト・ボストンの不動産部門と手を組みました。
その成果が、5番街49丁目にそびえる44階建ての高層ビル「タワー49」でした。
同じように、大手の生命保険会社と組んで2番街93丁目に豪華マンション、「アスター・テラス」を建設することにも成功しています。
★ソロモン・エキティ社
ソロモンは大手デベロッパーが手を出さないような物件を取得しては再開発して売りまくったそうです。
たとえば目抜き通りの5番街でも、高級ショッピング街が終わる42丁目以南にある物件です。
マンハッタンの土地の高さは東京なみと言われるが、それでも「スキ間」はありました。
そこに目をつけたことで、ソロモンは土地の取得に大金を投じることなく、デベロッパーとしての実績を積みあげていくことができたのです。
事業を始めて5年後の80年には純益500万ドル。
このころになると、マンハッタンの高級住宅地アッパー・イーストサイド(セントラルパークの東側)に高級分譲マンションを建てるなど、華やかな仕事もできる体力がついていました。
★ソロモン・エキティ社
デービッド・ソロモンは本来、建築家です。
コーネル大学から名門ハーバード大学に転じ、卒業するとすぐバージニア大学で教鞭を取ってもいます。
だが、やがてもっと面白い生き方があることに気づきました。
建築物を商品として売り出す不動産デベロッパーのほうがずっと儲かるではないか・・・。
いっそ土地の取得から設計、販売まで一手に引き受けてしまおう・・と。
そう思い立ったのが1975年、24歳のときだったそうです。
マンハッタンの廃棄された工場を5万ドルに満たない安値で買い取り、見違えるようなビルに改造したのが最初の仕事でした。
このビルは450万ドルで売れました。
まずは幸先のよいスタートです。